大分地方裁判所 昭和30年(ワ)54号 判決 1956年4月26日
原告 有限会社上村商店
被告 芳村千代子
主文
債権者被告、債務者原告間の大分地方裁判所昭和二十九年(ケ)第八五号不動産競売事件につき同裁判所の作成した配当表の更正を求める原告の請求は棄却する。
被告の原告に対する昭和二十九年四月二十八日貸付、元金五十五万円、弁済期同年七月末日、利息月一分、期限後の損害金日歩十銭の抵当権附貸金債権は貸付元金三十万円については存在しないことを確認する。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
原告代理人は「主文第一項記載の配当表の被告の配当額四十五万七千九百五円を取消し、更に被告の配当額を金二十六万八千七百五十円と変更する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、右請求が理由なきときは予備的に主文第二項同旨の判決を求めると申立て、その請求原因として、被告は原告に対し昭和二十九年四月二十八日貸付、元金五十五万円、弁済期同年七月末日、利息月一分期限後は日歩十銭の損害金を支払う旨の貸金債権を有するとして、右債権担保のため原告所有の不動産につき同年四月二十八日附設定登記された一番抵当権に基き大分地方裁判所に抵当権実行を申立て、之により同裁判所は昭和二十九年(ケ)第八五号不動産競売手続事件として競売手続を開始して競落許可決定を為し、次で被告は昭和三十年二月二十四日の配当期日に前記貸付元金五十五万円及び之に対する昭和二十九年九月一日以降昭和三十年一月二十八日まで百五十日間年一割八分の割合による損害金四万千百八十九円合計金五十九万千百八十九円の配当要求を為し、同裁判所は之に基き被告の配当割当額を金四十五万七千九百五円とする配当表を作成したが、原告は右配当期日に出頭し、被告の前記配当割当額につき異議を述べた。被告は昭和二十九年四月二十八日原告に対し弁済期同年七月末日、利息月一分、期限後の損害金日歩十銭の定めで金五十五万円を貸与することを約し、未だ金銭の授受のない裡に前記抵当権設定登記を完了したが、その後原告に対し約定金員の内金二十五万円を交付したに過ぎない。従つて右金銭消費貸借契約は元金二十五万円の限度に於て成立したものと謂うべきであるから前記抵当権もその範囲に於て有効である。よつて抵当債権の貸付元金を金二十五万円として被告の配当割当額を算出するときは元金二十五万円及び之に対する昭和二十九年九月一日以降昭和三十年一月二十八日まで百五十日間年一割八分の割合による損害金一万八千七百五十円合計金二十六万八千七百五十円となるから本件配当表中被告の配当に関する部分を右の如く更正する判決を求める。仮に右請求が理由がないとしても被告の前記貸金債権は元金二十五万円の限度に於て成立するに拘らず被告は元金五十五万円全額について成立したものと主張するので元金三十万円の部分について債権不存在の確認を求める。被告の原告主張に反する主張事実は否認する。と陳述した。<立証省略>
被告代理人は「原告の請求は孰れも棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、答弁として、被告が原告主張の抵当権に基き抵当権の実行を申立て、その競売手続における配当期日に原告が主張の如き異議を述べた迄の経過は認める。しかし抵当権実行に基く任意競売事件に於ては不動産に対する強制執行手続に関する配当異議の規定はその準用がないから本件配当異議の訴は許されるべきものではない。仮にかかる訴を許されるとしても右抵当債権は元金五十五万円全額について有効に成立しているものである。則ち被告は昭和二十九年四月二十八日原告に対し金三十二万円を原告の代理人曽我鷹一に交付して貸与したが、その際被告は原告が訴外櫛野スミコとの間の売買契約により同女に支払うべきオート三輪車代金二十三万円の売買代金債務を引受くるとともに原告は被告に対し右被告の引受債務金二十三万円を支払うことを約したので、原告の被告に対して負担する以上二口の金銭債務を目的として元金五十五万円、利息、弁済期及び損害金につき原告主張同旨の準消費貸借契約を締結し、主張の如き抵当権を設定して即日その登記をしたのである。従つて本件配当表における被告の配当額は正当であるから配当表の更正を求める原告の請求は失当であり、また右抵当債権の一部不存在の確認を求める原告の請求も前記理由により棄却せらるべきである。と陳述した。<立証省略>
理由
被告が原告に対する昭和二十九年四月二十八日貸付、元金五十五万円、弁済期同年七月末日、利息月一分、期限後の損害金日歩十銭の貸金債権担保のため同年四月二十八日原告所有の不動産につき設定登記された一番抵当権に基き大分地方裁判所に抵当権実行の申立を為し、同裁判所は昭和二十九年(ケ)第八五号不動産競売事件として競売手続を開始して競落許可決定を為し、配当手続に移行したこと、被告が昭和三十年二月二十四日の配当期日に右貸付元金五十五万円及び之に対する昭和二十九年九月一日以降昭和三十年一月二十八日まで百五十日間年一割八分の割合による損害金四万千百八十九円合計金五十九万千百八十九円の配当要求を為し、同裁判所は之に基き被告の配当割当額を金四十五万七千九百五円とする配当表を作成したが、原告は右期日に出頭し配当表の被告割当額につき異議の申立をしたことは当事者間に争がない。
原告は抵当債権の一部不存在を理由として配当異議を申立て配当表の更正を求めるに対し被告は任意競売事件については配当異議の訴は許されないと主張するので先づこの点につき判断するに、不動産に対する担保権の実行に基く競売手続を規定する競売法には民事訴訟法の不動産に対する強制競売手続に於けるが如き配当異議に関する規定に相当する明文もなく、また右規定を準用すべき定をしていないため任意競売手続に配当異議を認め得るか否かは学説及び取扱上未だ帰一するものなく頗る困難な問題である。もとより担保権の実行に基く競売手続にはその性質の許す限り且競売法に特別な規定のない限り民事訴訟法の強制執行に関する規定を準用すべきものであるが、競売法は強制執行と異り債務名義を必要としない担保権者のために担保物より優先弁済を得せしめるために設けられた特別の規定であつて競売法第十三条第二項に裁判所は競落代金より競売の費用を控除した残金は遅滞なく之を受取るべき者に交付することを要する旨を規定し、民事訴訟法の強制執行の異議に関する規定の準用を省略したところより見れば裁判所は競落代金より競売の費用を控除した残金を登記した不動産上の権利者又は不動産上の権利者としてその権利を証明した者に対し権利の優先順位に従い職権を以て交付し、尚余剰あるときはこれを債務者又は不動産所有者に交付することを要すると解するのが相当である。そうすれば右競売法を設けた目的及び前記法規の解釈と矛盾する結果を生ずべき配当異議に関する民訴規定は競売手続には準用すべきではないと思料する。尤も斯く解したからと言つて、優先弁済を主張する債権者又は担保債権の不存在を主張する債務者は競落代金の交付手続が完了するまでは民訴第五百四十四条により執行方法の異議を申立て、所謂配当手続を阻止することも出来るから必らずしもその権利救済を困難ならしめるものではない。このように考えると原告は本件競売手続に於て配当異議を主張し配当表の更正を求める権利を有しないと謂わねばならないから配当表の更正を求める本訴第一次の請求は爾余の判断を俟つまでもなく棄却すべきである。
よつて次に原告の予備的請求について按ずるに、昭和二十九年四月二十八日原被告間に貸主を被告、借主を原告とし、元金少くとも金二十五万円、弁済期同年七月末日、利息月一分、期限後の損害金日歩十銭とする消費貸借契約(それが被告主張の如く準消費貸借契約であるか否かは暫らく措く)が成立し、右債権担保のため原告所有の不動産につき担保債権の元金を金五十五万円とする一番抵当権が設定せられ、即日その旨の登記が為されたことは当事者に争のないところである。
而して原告は右消費貸借の貸付元金は金二十五万円であると主張し、被告は右消費貸借は金五十五万円の金銭債務を目的として為された準消費貸借であつて貸付元金は金五十五万円であると抗争する。ところで成立に争のない乙第一乃至第三号証並びに証人二宮ギン、岡田国重及び原告会社代表者上村久太の供述を綜合すると、原告会社の代表者上村久太は昭和二十九年四月二十八日訴外曽我鷹一の仲介により被告から金五十五万円を借用することとして原告会社の所有不動産に前記のような抵当権設定契約を締結して即日その旨の登記手続を完了し、次で同年五月一日頃右外人を経て右貸金の一部として金二十五万円を受取つたが、その際曽我鷹一の求めにより同人からオート三輪車一台を代金二十三万円で買受けると共に別途同人より金七万円を借受け、右代金及び借用金合計三十万円は後日被告より前記約定金五十五万円全額を受取つたとき支払うことを約し、曽我鷹一の請求する侭同人の内縁の妻藤本よしえ宛とした額面三十万円の約束手形を交付したことが認められる。右認定に反する証人曽我鷹一、森久之助の供述部分は措信しない。被告は昭和二十九年四月二十八日原告に対し金三十二万円を貸与すると同時に原告の訴外櫛野スミコに対するオート三輪車の金二十三万円の売買代金債務を引受け、原告は被告の右引受債務額と同額の金二十三万円を被告に支払うことを約したので、右原告の被告に対する二口の金銭債務を目的として元金五十五万円、利息、弁済期、損害金につき原告主張同旨の準消費貸借契約を締結したと主張するが、被告が原告に貸与した金員が金二十五万円に過ぎないことは前に認定したところである。また前記引用証拠及び証人櫛野スミコの供述を綜合すれば曽我鷹一はかねて同人の内縁の妻藤本よしえ所有のオート三輪車の売却先を探していたのであるが、之を売却する迄の資金の融通方を櫛野スミコに依頼して金二十三万円を借受けていたところその後前段認定の如く右三輪車を原告に売却する話が纒り、その際原告より金七万円の貸与方を求められたため右貸与金の調達方法として櫛野スミコに頼んで金七万円を借受け、同女には前記抵当権設定の登記済を示して、原告が同女のために抵当権を設定した事実がないのにも拘らず、「三輪車の買主たる原告が曽我鷹一の同女に対する借用金債務金三十万円につき抵当権を設定したが、別に被告が原告に対し金二十五万円を貸与しているので登記簿上の抵当権者は被告名義の一本としたけれども原告より抵当債務額五十五万円の弁済を受けたとき自己の借用金三十万円を支払う」旨述べた事実を認め得るに止まり櫛野スミコの前記出金関係につき同女及び原被告間に別段の交渉の行われた形跡も認められないので被告の右主張は到底採用するもとはできない。
そうすれば本件消費貸借は被告主張の如き準消費貸借ではなく、原告主張の如く金二十五万円の金銭交付により成立したものと謂わねばならないから被告に於て権利ありと主張する元金五十五万円の内元金三十万円につき貸金債権の不存在の確認を求める本訴請求は正当として認容すべきである。
よつて民事訴訟法第九十二条を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 江崎弥)